アイドルはご機嫌ななめ

         〜789女子高生シリーズ
 


     4


梅雨に入ったと言われつつ、なかなか雨催いにならぬまま。
首都圏の水瓶とされているダムが多数、
早くも枯渇しかかってもいるというほどのお日和続きで。
そろそろ若葉もしっかりとした厚みと色合いの本葉に落ち着き始めている、
街路樹のポプラの木洩れ陽が躍る中、

 「じゃあ林山さん、
  まずはこっちの
  レースのカットソーとクロップパンツでお願いしますね。
  足元は、そうね、こっちのメッシュパンプスで。」

外からは覗き込めないようにという、
ブロンズグラスになるシートが窓へと張られたマイクロバスの中。
クリーニング店の配送車か、
いやいやちょっとしたブティックかというほどの大量に、
ガーリーでカラフルな初夏のお洋服を用意した中から。
可愛らしい組み合わせで選ばれたアイテムを差し出したのは、
ご本人も透けるプリント地のブラウスとミニキュロット姿が
たいそうキュートにお似合いな若い女性で。
訊いた話じゃ今回の企画にとスカウトされた、
スタイリスト…の卵さんなのだとか。
さほどに年の差も無さそうなお相手だとあって、

 「は〜いvv」

ニコパvvと極上の笑顔を向けて差し上げ、
差し出されたアイテムを素直に受け取りつつ、

 「あ、あの、ヒナ子でいいですよ?」

そんなぁ、初対面でそれって馴れ馴れしくないですかぁ?
いえいえそんな、他人行儀な方が堅苦しいっていうかぁ、と。
停車中は着替え用にと割り振られたマイクロバスの中で、
女性スタッフさんと軽妙なトークを弾ませるひなげしさんだったりし。

 “だって、林山では誰のことだか判りにくいし…。”

一応、万が一にも刷り合わせをされぬとも限らぬということで、
そういう名前の生徒もいるよという手は打ってあるということか。

 “つか。居るんだ、林山ヒナ子さん。”

そりゃまあ全員を把握しちゃあいないけれど。
見ず知らずのお人だってのに、勝手にお名前借りちゃって御免なさいと、
内心で大量に冷や汗をかきつつ。
でもでも、引く気は全くないままの勇ましさ。
名家の令嬢だからなんてこと、何の防御にもならぬ相手だ、
関わり持ってはダメだぞよと言われたにもかかわらず、
こうして相手の手の内へ飛び込んでおいでの彼女であり。
さすがは、前世で本物の戦さ場を駆け回ったお人で、
その肝の座りよう、これまでにもあちこちでご披露して来た、
実は結構な女傑なお嬢さん。
事情を話してやるから、スカウトには聞く耳もたずに手を引けという
そういう順番の説得をされてたはずが、
逆にしっかと飛び込んでおいでなこの事態。
一体何がどうしたかといえば……。




     ◇◇◇



 「……でも、じゃあ何でまた、
  そういう肩書つきの娘さんだと
  都合がいいって思う連中なんでしょか。」

公務員官舎にしては、結構 気の利いた作り、
フローリングの居室も八畳以上はありそうなゆったりした仕様の、
佐伯巡査長の自宅にて。
自分へと降りかかって来た怪しいスカウト話の
裏側とやらの一端を聞いたひなげしさん。
セレブだろう親たちの威信を恐れるような可愛い手合いじゃあないから、
そういう意味から警戒をし、
今後も一切、関わり合いには なりなさんなと言われたものの、

 「関わるなと…」

 「そうは言いますが、
  手を変えて またぞろ近寄って来たら、
  どう避ければいいんですよ。」

それとも今回だけの企みだとでも?と、
さすがは女学園周縁を網羅する高性能防犯カメラも設置しておいでの、
私設防衛軍、もとい、私設防犯係さんならではな心配を
なさっているようなのに つい気圧されてしまったのが、
やはりやはり佐伯さんだったというのが穿っており。

 “後で説教になっても私のせいじゃありませんよ?”

先に ひやひや〜っと首をすくめちゃったヘイさんだったのはともかくも。

 「タネを明かせば、そっちも単純でね。
  今回 私たちが追っているのは、
  盗品だったり非合法だったりする物品を取引相手へ渡すという、
  警察の目への警戒も勿論だが、
  取引相手へも確実を帰さねばならない、
  最も厄介な部分を請け負う連中なんだ。」

よって、なりふりかまわずのあの手この手を試しもするし、
奇抜なアイデアも山ほど繰り出す。
万が一 底が割れても、
逃げ切ればいいという割り切り思想でいるような輩たちだそうで。

 “刹那的ってやつでしょうかね。”

そこだけ聞くと綱渡りっぽい危なっかしい輩だし、
いかにも杜撰なという印象もないではないが。
そこはさすがに、最初から失敗してもいいと構える訳では勿論ないようで、
100万のためなら 20万の失費はしょうがないかという算段とか、
目利き腕利きだけは先に逃がしてやっての行方へも口を割らない、
仁義というより後々のコネのためさというような辛抱はしますとかいった、
彼らなりのノウハウやけじめはあるらしく。
そんなこんなが…こんな言い方はしたくはないが、
彼らにとっての功を奏した結果だろう、
現在めきめきと名をあげ中、
あちこちの胡散臭い方面から引く手あまた状態の
“取り引き屋”とかいう手合いを、
本来は微妙に担当が違うのだけれど、勘兵衛と征樹とで追っていたらしい。
破綻しそうとだみるや、パッと散っての姿をくらますため、
幹部クラスは一向に摘発出来ない厄介な相手で、

 「…まさか、丹羽さんが関わってるとか。」

やや青ざめての真摯なお顔になって口走るひなげしさんなのへ、

 「凄腕だからって何でもかんでも奴だと思わないように。」

というか、
こっちも心当たりはないかと匂わせたら、同じようなことを言われたよと。
佐伯さんが“まいったなぁ”という苦笑をし、

 「何も非合法なことしかやってないってわけじゃないし、
  一般人を盾に構えるような、危なっかしいことは やんないってさ。」

しかもしかも、
実をいや、向こうの彼もまた そういう輩の怪しい動きには気づいてたらしく、

 「こうなったら言ってもいいものか、
  三木さんチのお嬢さんも目をつけられて居たようだぞ?」

 「えっ?!」

その微妙な正体を知られた上で、
あの福耳の麻呂様に見込まれてのこと、
お嬢様専属の運転手として、時々 久蔵の身辺を護衛するべく降臨しておいでの
いまだ謎多きエージェントさんとしては。
自分の責任範疇への怪しい影だけに、それなりの警戒を既にしていたそうで。

 「奴から そういうヒントを匂わされたんで。」

まさかもしやと、女学園関わりというタグを設けての、
様々な角度から探りを入れてみたところ、

 「秘密裏ながら、
  あの女学園のとあるお嬢様をメインに立てての
  撮影をする予定があると。
  そういう筋への“察し”が特に鋭いことでこっそりと評判の、
  某監理官の目に留まるルートで
  公共の路上だのを一時的に使用するのへの関係許可証を
  申請した形跡があったそうでね。」

 「おやや。」

なので、当日には
そのお役人からの内緒の通達抱えた警備部が
わざわざ交通整理をやらかすかもしれないほどの周到さだそうだが。

   ……あれあれ? それって、もしかして?

 「…もしかして、ところが肝心なお嬢様のスカウトが間に合ってない?」
 「抜けてるよね、そこんとこ。」

何でこうも理屈で先回りする連中ばかりなんだかなと、
しょっぱそうなお顔になった佐伯さん。

 「それとも世間知らずなお嬢様ばかりだと甘く見たのかな。
  まま、そういうことだから…」

お行儀のいい子ばかりだから、
制服姿での寄り道は、せいぜい最寄り駅周辺どまりかとも思うんだけど。
業を煮やしてそっちまで足を延ばさないとも限らないから、
君らで気をつけてあげてと。
そんな程度の事情説明で、終しまいになるかと思いきや


 「…判りました。
  コトが起きてからしか動けないのが警察ならば、
  せめて一般人を巻き込んだコトが起きないよう、
  わたしらなりの防衛の陣を張るまでです。」

 「……え?」
 「ほれ見い。」


焦った連中から、力技で か弱きお嬢さんが攫われでもしたらどうしますか。
他でもない私が連中から声を掛けられたのも、
こうなれば“幸いな天運”と解釈出来るってものよと、
小さめのお手々を勇ましくもぐうに握りしめ、

 「よござんす、内部に飛び込んでの内通者になってみせましょう。」
 「お〜い、ひなげしさん。」

頭を冷やせの帰って来いのと、呼びかけてももう遅い。
理を通せば納得して大人しく引いてくれると思った甘さよ、と、
島田警部補がやれやれと頭首を振り。
もしかして使命感に火をつけちゃったかなぁと、
それこそ想いもよらない事態の進みようへ
愕然としちゃった佐伯さんだったようでして……。




     ◇◇◇


スポンサーの関係者か スーツ姿の冴えた印象はらんだ女性から、
こちらは制作会社関係か、プロデューサーに演出家。
写真も動画も担当か、様々な機材を助手に持たせたカメラマンに、
ライトや柄のない傘、レフ板を抱えた照明班の皆様。
衣装や小物担当のスタイリストさんにメイクさんまでと、
様々な顔触れの男女が入り混じる撮影スタッフの皆さんと
あっさり合流を果たした、ひなげしさんで。


 『積極的に何か探ろうとしないでいいからね。
  一人だけ場を離れてく人とか、
  現場の変更とかを、先んじて教えてくれるだけで。』


何しろ、
取引屋の面子が誰と誰かまでは絞り切れていないとのことだし、
対象になってるブツというのが、
その筋の手へ渡るはずだった物騒な非合法薬品だとか。
カモフラージュだろう撮影の陰にて、
取り引き自体へ誰が動くか、どこから何を移動させるかは、
大外から見守ってるほうが見定めやすいし。
こういうことは互いの手荷物を交換した取引成立の瞬間でないと、
双方ともにという摘発はなかなか難しいとのこと。
なので、基本 何にも知らないというお顔で居なさいと
念を押されたひなげしさんだったけれど。

 “そうは言われましてもね。”

どうしてブルジョワジーの令嬢を引き入れたがったかと言えば、
身元改め、もとい職務質問や
それに並行しての持ち物検査などを手がけんとする警察関係者たちが、
お嬢様の持ち物へはノータッチとなっての
スルーしてくれる可能性が大だろと期待してとのことだそうで。

 “それだけというなら、馬鹿じゃないかと呆れるところですが。”

勿論のこと、それがきっちり通用する背景もあっての流れだそうで。

 “警察関係者としての本分よりも、
  世間体を大事にしたがる監理官なんてお人に
  さりげなく通じているよなコネ持ちとは恐れ入りましたが。”

しかもしかも、
そんな彼ら“取引屋”へ依頼を持ち込んだ輩というのもまた、
結構な背景をお持ちの切羽詰まった連中だったようで。
とある海外組織から持ち込ませた非合法の薬品を、
その情報を掴んだという警察からのガサ入れにあった最中、
没収され掛かった修羅場から間一髪持ち出したはよかったが、
既に買い手はついてたブツだけに、
一刻も早く相手へ渡さねば、
持ち逃げしたんかとの疑いを掛けられ、
支部壊滅のその上に、この世界での信用も失う。
そこでと、噂の一味へ丸投げをしたそうで。

  そやつらが構えたのが、
  いかにもな夜中の取引を場末でやらかすよりも、
  陽が落ちるのをいちいち待つより手っ取り早い、
  昼間の取引も楽勝っすよという こたびの手際。

 『ボックスカーやらマイクロバスやらに結構な荷を積み込んで、
  色んな場所へ移動を繰り返しちゃあ、
  それらを広げての撮影にパタパタする一団ってのは、
  繁華街にも郊外にも馴染む、
  なかなか気の利いたカモフラージュだとは思わぬか。』

しかも、

 『ここだけの話、
  どこそこのお嬢様がメインの撮影なんですよと
  道路占有への届けを正式に出されていたりした日にゃあ。』

 『…警察が交通整理してくれかねませんね。』

こういう言い方は失礼かもだが、
余計な漏洩を恐れてのこと、所轄の署まで行き届いてない情報なだけに。
上からのお達しだとだけしか聞いてないよな、そういう事態も大いにありきで。

 “速攻でという形の応援は望めない、か。”

むしろ、事情が通じていない所轄のお巡りさんたちと、
事情に通じているがゆえ、
一刻も早くと駆けつけようとしてくれた警視庁の覆面刑事とが
どっちもお巡りさんだのにという奇妙な揉み合いになりかねぬ。
それを思えば、なかなかに周到な連中じゃああるけれど、

 “そうそう思い通りにはさせませんことよ。”

ついついお手々をぐうに握ってしまい、

 「おっとぉ、ヒナ子ちゃん、そこはガッツのアピールじゃなくて。」
 「あ、すいませぇ〜んvv」

眉を下げての“てへvv”という照れ笑い。
つばの広い麦ワラ帽子を頭に乗っけて、
ともすればレトロな配色、
かつてはサイケと呼ばれたランダムな原色の乱舞がにぎやかな、
ひらひらした透け素材のオーバーブラウスに、
水着かと思わせるほど丈の短い、しかもローライズの短パン。
足元は、革の紐を編み上げたようなデザインの
グラデュエイターサンダルと来て。
これで3セット目となる装いは どれも夏向きのものばかりであり。

 “暑い中だから助かりはしますがね。”

素人の自分でも、これっておかしくないかと思うよな装い。
だって、ブランドの設立は秋だそうだのにね。

 “つか、ブランド設立を大々的に謡う宣伝用の撮影ならば、
  これをと売り出す主要な商品をこそ、持って来なきゃまずいのでしょうが。”

そこをさりげなく訊いてみたところ、

 『あのね? 何でも…。』

予告としてのイメージCM用に、夏の装いのグラビアや動画が要るのだそうで。
何たってそんなアパレルブランド自体が嘘だもの、
秋ものどころか夏ものだって商品なんかある筈がない。
とはいえ、そうだというの、
世間への煙幕代わりに参加しているのだろ、
素人のスタイリストさん辺りに怪しまれぬようにと。
今回はこういうモチーフでというイメージを指示しつつ、
そんな言い訳をしたものと思われて。

 「……はい、おっけーで〜す。」

土日だけは通行止めにして歩行者天国になってる通りがあちこちにあるがため、
そもそも さほどには車の行き来も多くはない表通りの一角で。
簡単な通行止め用の立て看板を出しては、
スタッフが取り囲む中、レフ板で陽をあての、
時折ストップウォッチのような器具をかざしては照度を測りのしつつ、
愛らしいお嬢さんがカメラを向けられ撮影中とあって。
ご協力をという手持ちの看板を手にしたスタッフの向こうや、
街路沿いのお店の中などから、何だなんだと覗く人も結構おいで。
ああそろそろランチタイムだしなぁと、
気がつきゃもう数時間ほど経ってる撮影ごっこだったのへ、
平八も ふうとついつい溜息。
今のところは怪しい動きもないようだし、
聞きたいことがあったら携帯を鳴らすからと言ってた佐伯さんからの連絡もない。

 「じゃあ、お昼にしましょうかね。」

テイクアウトかデリバリか、
お弁当も総菜パンもあるよ、好きなの持ってってと
女性スタッフの方がパラソル立てたテーブルを用意した方へ、
皆して足を運び始めた中、

 「…あれ? アベさんはどうしました?」

カメラマンの傍らに何人も居た助手の一人を、
年若なスタイリストさんがキョロキョロと探す。
ポプラからの木洩れ陽を眩しそうに手で作った庇で避けつつも、
道の端から端という勢いで眺めやっておいでで、

 「え? そこいらに居ないか?」
 「居ないよぉ。」
 「じゃあアレかな。」

師匠から買い物に行って来いって言われて、まだ戻ってないとかかな。

 「え〜?」

チーフから“ディーヴァ”のサンドイッチ買って来てって頼まれてたから、
アタシのもって便乗したのになと。
間に合わなかったか残念なんて、肩をすくめていたけれど。

 “そういや…。”

そっちの筋には詳しくない平八だが、
カメラマンさんは本職の人だと佐伯さんから聞いている。
ただ、助手なのか荷物もちなのか、
やたらとカメラケースを提げた何人もが
色んなスタッフさんたちの間をうろうろしており。
カメラマンの先生もシチュエーション別に何種か取り替えてはいらしたが、
何も全部は使わぬか、一度も呼ばれぬ人も何人かいたような。

 「ふ〜ん…。」

お客様扱いか、女性スタッフ以外からは直接話しかけられることは余りなく。
今もメイク担当のお姉様から、
食べたらお化粧直したげるねと微笑って言われたくらいのもの。
このまま立ち尽くしていたならば、
さすがに見かねて構ってくれる人も出たかもしれないが、

 「えっとぉ。」

ランチを並べられたテーブルを見回し、
横っ腹に切れ目を入れたコッペパンに、
サラダとエビとアボカドのスライスを挟み込んだサンドイッチを
紙ナプキンでくるんで取ってもらうと。

 「バスで食べてもいいですか?」

荷物を汚すことはしませんからと、
タイム調整担当らしき幹部クラスのスタッフさんへと訊いたところ、

 「ええ、構いませんよ?」

何だったら飲み物も調達して来ましょうかと気を遣われたのへ、
ああいえ、こちらのアイスティーをいただきますからと遠慮して。
蓋つきカップとサンドイッチで両手を塞いだまま、
ドアだけは開けてもらいの、乗り込んで行ったその車体の窓ガラスを、
いいお日和の陽射しがチカリと照らす。
頭上で揺れるポプラの梢がゆらゆらとたわんでは、
木洩れ陽の模様を刻々と変えていて。
おいでおいでをしているように見えるその陰の先、
壁に据えられた看板の白塗りが
いい感じにところどこ剥げかけているシーフードレストランと、
角っこに刳り貫かれたテイクアウトのクレープ用の出窓、
今はお客が途切れたか店員さんの姿もないけれど、
実は評判のワッフル屋さんに挟まれた路地の奥へ進めば……。

 「すいませんね。エイコウさんトコのは これでラストです。」
 「ほうか、ご苦労さんやったな。」

一見飯盒のような、若しくは双眼鏡のケースのような、
ヒョウタン型ぽく 中程がややくびれた革のケースを提げてた青年が。
濃灰色の化繊のデザインシャツをてれんと着た、
テイラードパンツに革靴の男と何やら小声で話しつつ向かい合っていて。

 「すまんなぁ、おやっさんが無理言うて。」

ホンマやったらサカイエの兄貴んトコから受け取るブツやが、
アンタんトコのガサ入れの話聞いて、
一日も早よう受け取って来いやて 気ィが急いたみたいでなぁと。
西の訛りで告げてから、

 「これが割り符や。
  どういう伝手かは よう知らんけど、
  あんたらの頭のお人にも よろしゅう言うといてや。」

外郎か羊羹のような四角い包みを手に、
ほしたらなと立ち去りかかった男衆だったが、

 「…っ。」

細い路地道、表どおりに出て行きかかって、
その表から入って来た人影に気がつくと、
いかにも挑発的にチッと舌打ちをして見せる。
何でこっちが避けなあかんねんと、肩をいからせ大股になり、
このくらいのことでも譲れないものかという態度になったその上、
もしかしなくとも故意にだろう、
小柄な相手の細い肩へ、ガッと自分の肘上辺りの二の腕をぶつけ、
そのままなんなら押し出してやろうかと仕掛かったものの、

 「あらあら、か弱い女子高生に何してますか。」

 「あ〜ん? …って、痛い、痛いがな何してくれて、痛たたたたっっ!」

体の幅だけでも 1.5倍は差があった相手。
だというに、ごつんと当たったそのまんま、
ぶつかり負けさせたはずの相手が妙なことを口にして。
何だと訊き返しかかったと同時、
ズボンのポケットへ突っ込んでいたはずのこちらの手を。
いつの間にどう掴んだか、
指の付け根から それぞれがもげそうなほどの痛さで締めつけられている。
触れているのは華奢な手のなめらかな感触なのに、
搦め捕られた格好の手指は、どうもがいても剥がせない。
まるで、鋼でも曲げる用の万力ででも挟まれたかのようであり。

 「な、何んやっちゅうねん、ごらっ!」

さすがは場慣れしているお人、
たとえ手が片方だけ塞がっても
足も肩も、何だったら上半身も太もももあるぞという機転はおさすがで。
もがいて見せたのもほんの一合。
簡単には離れぬと悟ると、向こう側の手を伸ばして来つつ、
ぶんっと足まで蹴り出して来たけれど。

 「…天誅っ!」

 「ぐあっ!」

膝が上がり切らぬうち、その腿を真上からだんっと押さえ込んだ打撃一閃。
不意打ちすぎての痛さも倍加されたらしいおじさん、
何や何やと見下ろせば、
そこに“ど〜ん”と乗っかっていたのが、
可愛らしいサイズで細身の、見覚えのない麻仕立てのパンプス、中身つきで。
しかも乗っかってると思ったのは一瞬のこと、
そのまま腿ごとどんと重くなり、足裏が地べたへ打ち付けられたところで、
かかと落としを食わされたらしいと気づいた早業。
しかもそんな荒ごとを仕掛けて来た存在は、
この細い路地道、すれ違いかけてた先の二人の傍らをやすやすと擦り抜けると、
その奥に立ち尽くしていたもう一人へ駆け寄って、
そちらで俊敏にも ざっと身構え、
ジーンズの背中側、腰から何かしら握り出そうとしていた腕と肩めがけ。
腕を胸元へ引きつつという、
いつもとは変則な方向へシャキンとすべり出させした特殊警棒の根元の側を、
がっつと打ち付けている凶悪さよ。

 「ぎゃあっ!」
 「ああ、これこれ、そこのお嬢さん。」

今のはちょっと、過剰防衛飛び越してませんか、
問答無用とばかり、いきなり襲い掛かってませんか あなたと。
白地に漆黒の、観音竹みたいな観葉植物のシルエットが繰り返しプリントされた、
開襟タイプのデザインシャツに、
やはり黒っぽい濃紺のデニンズとスニーカーという、
立派な戦闘服仕様の紅ばらさんへ。
続いて路地へと入って来た佐伯さんがしょっぱそうなお顔で声かけをしており。

 「…七郎次。」
 「あっ、やだっ、勘兵衛様っ!?
  えっと、あのその、
  このおじさんが好みとかそういう訳じゃないんですよ?////////」

誰もそんなことは訊いてませんし、誤解もしてませんと。
スムースシルクシャツのインナーの水色が
頬の赤を移して紫になるんじゃないかというほども真っ赤になった、
さっきまで女傑、今はヲトメの白百合さん。
あまりの痛さに もはや膝から落ちてる状態の、
西からお越しの怪しいおじさんを引き取りに来た
島田警部補を脱力させた威力もまた、もしかしたなら頼もしい。(おいおい)

 「訊いとらんぞ、お主らも参加するとは。」

といいますか、
あくまでも他のお嬢様が改めてスカウトされての巻き込まれぬよう、
モデル枠を埋めるため、参加しただけの平八さんだったはずなのに。
何でまた、こんな荒ごとになって終了と運んでしまっているものか。

 『だって、シチさんや久蔵殿も呼ばないと後で恨まれますし。』
 『えっとぉ…。///////』
 『〜〜〜〜〜。』

つか、わたしとの意が通じてるあの方がたがいれば、
目顔だけでとかいう連携もスムーズで心強いってもんですしと。
一応は理に適ったお言いようをしての、
自分で呼んでの作戦会議を開き、独自の感性から配置したらしく。

 「勘兵衛様、報告書と始末書、どっちお書きになりますか?」
 「始末書の方が雛型があるから楽勝だな。」

何だかなぁの一気呵成。
結構 根を詰めて事態を見守って来たらしい敏腕警部補らが、
ドッと気が抜けてしまわれたのは言うまでもなかったりしたのであった。






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  *何が何やら、
   書いてる人も翻弄されてます。後始末は次の章にて。


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